【競馬】トウカイテイオー 奇跡の馬

      2016/07/01

【競馬】トウカイテイオー 奇跡の馬

どうも、でこぽんです。突然ながら、私は競馬が結構好きなんで、いつも日曜日は競馬を見てます。

どんな馬でも好きなのですが、やはり好きな馬というトウカイテイオーです。トウカイテイオーのことについて、語りたいと思います。

トウカイテイオーという素晴らしい名馬がいました。無敗のまま皐月賞、日本ダービーを制し度重なる故障をしてもその強さ、人気が衰えることのない不滅の名馬です。

残念ながら2013年8月30日に亡くなってしまいました。享年25歳でした。

数奇な運命


トウカイテイオーの生い立ちはなかなかに面白く、漫画みたいです。

父は無敗で3冠を制した7冠馬シンボリルドルフです。その圧倒的な強さから皇帝と称されました。
母はオークス馬のトウカイローマンが予定されていたのだか、競走馬と現役を続行することになります。
代役として妹であるトウカイナチュラルが代役を務めることになりました。

このトウカイナチュラルには牧場が守り続けた牝馬の血が流れています。
その名はヒサトモという馬です。
1937年牝馬でありながら日本ダービーを当時のレコードタイムで制覇した馬で、
その後も強さを誇示し引退します。

繁殖牝馬として期待を集めたものの、仔出しが悪く産駒は4頭しかおらず牝馬は1頭のみでした。
その後ヒサトモは戦後の混乱期に巻き込まれ非業の死を・・・。

テイオーの3代母にあたるトウカイクインを所有し、馬主である内村正則がいました。
この内村氏はヒサトモの血に注目します。
そしてヒサトモの血が流れている牝馬を系統保護のために買いまくりました。

ひとつの系統を保護することは同じ血統構成の馬が多くなり大変リスクの大きいことです。
しかし、ヒサトモの血を信じた結果、オークス馬オウカイローマン、ナチュラルそしてトウカイテイオーへと続きます。

 

ダービー馬がやってきた

トウカイテイオーは見た目が華奢でなんだか頼りなさそうな馬体であったらしいが
気品があったようです。加えて動きも柔軟性はあったようです。
テイオーウォークと言われる謎の歩きです。
しかし動きを見るまでもなく調教師の松元省一は一目見た瞬間思ったのです。
「俺の所にダービー馬が来た」と。そして動きを見て確信しました。

なんと皐月、ダービーからの逆算ローテンションでクラシックを迎える日程を組みます。

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デビューからの快進撃~3歳~


父シンボリルドルフの初年度産駒としてデビューしたトウカイテイオーは圧倒的な強さで新馬戦を勝利します。
その後も問題なく勝利を重ねるが、皐月賞の前哨戦である弥生賞は使わずにきさらぎ賞を選択します。
無敗のまま、きらさぎ賞も勝利を収めたテイオーは皐月賞を迎えます。

王道路線でライバル達との力関係はどうなのだろうか、
無敗のトウカイテイオーに期待したのか
それとも父と同じ道を歩んでほしいという願望であったのだろうか

観客はトウカイテイオーを1番人気に押し上げます。
テイオーは見事その期待に応えてG1皐月賞を制覇。
まず1つであったことを示すように鞍上安田隆行は人さし指を高々と上げます。

続く日本ダービー。3歳馬の最大の誉れであるこのレースーであったがダービーにはあるジンクスがありました。
大外の馬は勝てない。最初の位置取りに成功しないと勝てないレースと言われテイオーは20番枠。
良いコースを取り奪い合うダービーでは圧倒的な不利でした。

しかし絶対能力の違いなのでしょうか?
レースーがスタートするとあっという間に好位につけ、
そのまま最後の直線を風のように駈けていきます。

本当に坂があるのだろうかと疑うような瞬発力を見せ圧勝のダービー制覇。
親子2代の無敗の2冠馬が誕生しました。

こうなれば期待するのは親子2代の3冠馬の誕生であったが故障が判明し、叶わぬ夢となりました。

 

度重なる故障


この後テイオーは故障を繰り返します。
そして故障からの復活劇また故障。そして奇跡の有馬記念制覇!
動画ではここで引退した風にEDだが本当は違います。

天皇賞を制覇するために現役を続行するが再び故障します。
4度目の骨折で引退を決意します。
そして有馬記念が最後のレースとなるのです。

この最後のレースとなった有馬記念はもう感動ものです。
(トウカイテイオーのDVDを是非レンタルしてください。
私はもう感動のあまりわけのわからんことあまり書いております。
おっさんの事情なんぞ知るかというヤジが飛んできそうです。)

1年ぶりのレースで制覇するトウカイテイオーが勝利した時の光景は競馬史に残る名場面です。
審議が長引き中々着順が決定しません。
長い審議を経て、掲示板に着が決まった時に流れたテイオーコールは今でも語り草となっています。

父シンボリルドルフは圧倒的かつ完璧な強さを示しました。
一方トウカイテイオーは上り下りの激しい競争生活でした。
栄光と挫折からを繰り返し、骨折の度に復活する姿は人々に多くの感動を与え続けています。

 

トウカイテイオーマイベストレース


日本ダービーと産経大阪杯、ジャパンカップ、有馬記念ですね。
ダービーの最後の直線の加速は今見ても凄いです。
左前脚がすっぽ抜けるのではないかと思えるくらい軽やかに走っています。

産経大阪杯はダービーからの復帰戦で最後の直線を余裕の圧勝を飾ります。
ダービーからの故障明けで走りが注目され、圧勝です。
直線鞭を入れずに、持ったままの復活劇。

あまりの楽勝ぶりに杉本さんもビックリです。

これで次走の天皇賞も勝てると思われたのですがレース中に故障発生で初の黒星を喫します。
調教師は「テイオーは今まで2400Mまでしか走っていなかったのにそのための調教をしっかりしなかった。
テイオーの能力ならいけると過信してしまった私に原因があるだろう」と回想していました。
当時のスポーツ紙にはトウカイテイオー倒壊!という記事があったようです。

ジャパンカップはトウカイテイオーが父シンボリルドルフ以来に勝ちます。
シンボリルドルフが制覇して以降、日本馬は勝つことができませんした。
オグリキャップ、ミホシンザン、タマモクロス、メジロマックイーン・・・

好走はするのですが、ジャパンカップ制覇をできないでいました。
しかし、トウカイテイオーが父と同じくジャパンカップを制覇します。
この時、テイオーは前走の天皇賞秋で負けて人気を落としてしまいます。
確か4番人気でした。

その人気に反するかのように、テイオーは壮絶な叩きあいの上に勝利を収めます。
やはりトウカイテイオーは「やってくれる」と思う馬です。

最後のレースとなる有馬記念。
並み居るG1馬達を抑えてトウカイテイオーが勝利します。
テイオーは故障のために1年もレースに出ていません。

1年も走っていなければもう駄目だろうと思われてしまったのか単勝4倍人気でレースを迎えました。
しかも調教の動きもさほど良くなかったようで最後の坂でヨレていると競馬評論家の大川さんが言ってました。

しかしテイオーは奇跡の復活を果たします。
どん底からの不死鳥の如く復活した姿を見せました。

何度も故障したトウカイテイオーだか
その強さは変わることがないように私には思えたし今でも思っています。

 

それでは、デコポンでした。

 - 競馬, 2冠馬