【歴史】百姓から見た戦国大名の感想

      2016/07/22

戦国大名というと農民たちを戦のために徴兵して、領土争いに参加している。また百姓に対して強権的な政治をしているイメージが私にはありました。例えば年貢をサボったら容赦なく刑罰を受ける、喧嘩したら即処断・・・。

民を絶対的に支配する強力なリーダーを戦国大名と考えていましたが、そのイメージが私の中で崩壊しました。俺って歴史のことがわかっているようでわかってなかったなと痛感・・・。トホホ

この本は歴史に興味のあるなら(特に北条氏について)、是非読んで欲しいです。

安全な生活を求む(百姓)

戦国時代は慢性的な飢餓が発生しており、百姓は食料を確保するために必死でした。食料がないことには生き残ることは不可能です。そして村同士で水源や土地の利権をどうするかで合戦することが日常化していました。

村で戦いが起きれば、家が破壊され、田畑は荒らされ、人さらいの被害が発生しました。合戦している村々は己の主張を押し通すために、周辺の村同士と同盟(合力)を要請し更に村同士の抗争が拡大化したのです。

村同士が敵を倒すために同盟する。その見返りとして金銭、兵糧をお礼として支払う。戦国大名だけでなく食料、生活を守るために百姓が主体となって戦をしていた時代だったのです。

 

合戦やトラブルが起きるとお金もたくさん消費します。おまけに戦の場所となった土地は荒れてしまい、攻め込まれた村は人が奪われるなどの被害が発生しました。百姓としてはとにかく生活を保障してくれる大きな力が必要でした。それが戦国大名だったのです。

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百姓を土地に根付かせるために(大名)

戦国大名は特定の地域で大きな力を持っていました、例をあげると越後の上杉謙信、甲斐の武田信玄、相模の北条氏康など。大名がどんなに大きな力を持っていようとも、人がいなくてはどうしようもありません。自分の領土の人々から支持を集めるために安定した生活を提供する必要が生じました。

税金設定、災害の保証、他の大名から攻められた時における村の防衛、乱暴を働く人の処罰など百姓が望む統治をする必要があったのです。当時百姓は自分達の意見が通らないと林に逃げ込んだり、土地からいなくなってしまったのです。大名にしたら百姓がいなくなっては人的資源の喪失、土地の荒廃を招くので色々と要求を聞きました。

そして自分の土地で災害が起きると食べ物が不足し、家の補修なども大名はしなくてはなりません。しかし、災害被害に遭った住民に普段と変わりない税を課したら、反発を示してどこかに逃げてしまいます。では、領内の税収が落ち込んだ時はどうするのかというと他国を略奪して、荒らし回って人や金目のものを奪い金にするのです。

例としてこの本では武田信玄が挙げられました。信玄は基本的に敵地を戦場にしたことでよく知られています。他国を戦場にしているので、武田領内は戦場にならないで領内における略奪の心配は生じません。他国から資源を奪い、自国を繁栄させる戦略だったのです。

もちろん攻め込められた大名は守ります。そして、領内を立て直す手段として他国への略奪を働くのです。というか大名が荒廃した土地を回復させないと、土地がなく、食べ物もないので村同士が喧嘩を始めてしまいます。

村同士が争うとそれだけで土地が荒廃する危険性があります。大名は何としても百姓を守り助け、税、食料、安全の確保を維持できる必要があったのです。大名が強権を振りかざすだけでなんとかなる時代ではなかったようです。

 

まとめ

今は村同士で水源の奪い合いなんてありません。現代社会は国が生活を保障してますからね。問題が起きてもとりあえず警察や公の機関に頼めばなんとかります。

そのへんのじいさんが土地の利権をめぐって、親類の人を集めて大喧嘩なんて現代ではないはずだから、今と過去が違うに気付きました。

大名と百姓と関係について考え直さないといけないと思ってます。私は今まで大名、国衆同士だけで戦をしていて、百姓はあくまでオマケという認識でした。ドラマのように英雄だけのファンタジー物語ではないのです。

 - 歴史, 読書, 日本史