石井一久が横浜をノーヒットノーランした伝説

      2016/06/09

凄かった!1997年石井一久が横浜をノーヒットノーラン

石井一久といえば、ここ1番での勝負強さが光りました。心臓に毛が生えてると言われるほどの強心臓を見せて、大舞台で石井一久の活躍を語りたいと思います。

天王山で横浜マシンガン打線をノーヒットノーラン

1997年(平成9年)9月2日対横浜ベイスターズ戦で121球目となるストレートはこの日最速となる151キロをマーク。ベイスターズの2番波留敏夫中堅手は空振り三振し、石井一久はプロ野球史上65人目で76度目のノーヒットノーランを達成しました。

この1戦はスワローズ、ベイスターズにとっては天王山でした。この年ヤクルトは開幕から首位を走るも、8月に21勝6敗と驚異的なペースで白星を重ねた横浜ベイスターズとのゲーム差は3,5まで縮まりました。横浜は絶好調で、ヤクルトにしたらここで勢いを止めないと、シーズンをひっくり返される可能性もありました。

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ノーヒットノーラン降板申し出伝説

 

121球目となった最後の球が最速であったことを石井一久はこう言いました。

本気で投げたのは最後だけ

 

冗談なのか?本当なのか?相変わらずの天然発言を爆発させた石井。4回まで4四球といつもの立ち上がりの悪さを見せましたが、5回以降はパーフェクトピッチング。調子も良く3回を投げ終えて、チームメイトの伊藤智仁にこう宣言。

今日はノーヒットノーランができそう

あれよあれよの勢いで8回も無安打で抑えて、野村監督にまさかの降板を申し出をします。何故なら石井は左肩の故障で1996年のシーズン振るわなかったので、古傷のこともあり100球制限をしていました。8回で終わった時点で108球。それに石井としては個人記録よりもチームの勝ちを優先していて、野村監督が交代を告げたら降板するつもりだったのです。

しかし、当然だが野村監督と古田は石井を説得します。

 

野村監督「めったにないことやから最後まで投げろ!」

古田「お前、投げろって!」

高津「ノーヒットノーランしている試合のリリーフとか、オイオイ(当時を思い出して)」

 

続投を命じられた石井一久は9回も衰えることなく、横浜をノーヒットノーランしました。大魔神佐々木も「最後までガンガン来て、完璧にやられました」と日本シリーズの解説でコメント。4番のローズも「ランディー・ジョンソン並だった」とコメント。

なお石井一久は試合後のコメントでノーヒットノーランをしたことがないのでよくわからない様子でした。

そんな凄いことをしたのかな?

 

ノーヒットノーランの記録だけでなく、首位攻防戦でノーヒットノーランをされたらもはやお手上げです。試合は3-0で横浜の完敗し、横浜は天王山で2連戦を連敗し、ここに1997年のペナントの行方が決まりました。1997年石井一久が演じたノーヒットノーランはかなり価値のあるものとして語り継がれています。

 

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