世界の名馬ブリガディアジェラード イギリス競馬15連勝のマイル王

      2016/06/09

世界の名馬ブリガディアジェラード イギリス競馬15連勝のマイル王

「Brigadier Gerard」という馬は日本で馴染のない馬でしょう。かくいう私も最初はブルガリアジェードと言い間違えたりしてました。名前の由来はアーサー・コナン・ドイル卿の小説「勇将ジェラールの冒険」の主人公である准将ジェラールです。

 

ですが、このブリガディアジェラード はイギリスの競争馬で15連勝をしました。得意な距離はマイルなのに、2400mのキングジョージⅥ&クィーンエリザベスSまで勝ってしまう化け物です。その強さを評価されてタイムフォース誌の20世紀100名馬では3位になりました。

 

ではそんなブリガディアジェラード についてこの記事では書きたいです。

 

イギリス生まれの血統であった

 

ブリガディアジェラード 1968年 フェアウェイ系 :通算成績18戦17勝2着1回
Queen’s Hussar 1960March PastPetition
Marcelette
JojoVilmorin
Fairy Jane
La Paiva  1956Prince ChevalierPrince Rose
Chevalerie
Brazen MollyHorus
Molly Adare

 

さすがに昔の馬で時代を感じる血統です。ブリガディアジェラードが走っていた頃は同期にミルリーフ、その前はニジンスキーが走っている頃でした。ミルリーフはアメリカ産、そしてニジンスキーはカナダ産。本馬はイギリス産馬です。

牝系はプリティポリー系に属し、ブレイズンモリーはプリティポリーの曾孫に当たります。この配合はプリティポリーが関わっているのです。ブリガディアジェラードの生産者であるヒスロップはプリティポリーの調教師であるピーター・P・ギルピンの調教助手をしていた経験がありました。

そうした経緯からいつかその子孫を所有したいと考えて、プリティポリーの曾孫にあたるブレイズンモリーという牝馬を購入に至ります。しかし、本馬の母であるラペヴァは期待に答えられず、未勝利に。この馬から活躍場を出したいと思い、ヒスロップはラペヴァをクイーンズハザーというマイナー種牡馬と交配させました。

 

何故マイナーなクイーンズハザーという馬を選んだのかはわからないのですが、この配合でブリガディアジェラードはイギリスで生まれました。そして競争馬になり、イギリスのディック・ハーン調教師に預けました。

イギリスで生まれ、イギリスの調教師に預けられることになり、これが後のイギリスでのアイドルホースとなる要素が生まれます。

 

デビューからの快進撃

 

2歳6月にニューベリー競馬場でデビューを果たしました。相手は勝っている馬ばかりだったので、初出走のブリガディアジェラードは低人気の評価でした。しかし、レースが始めると追い込みを決めて、2着に5馬身差をつけた圧勝しました。

デビュー戦の圧勝から続いてシャンペンステークス、ワシントンシンガーステークス、ミドルパークステークスと連勝を重ねます。2歳時の成績は4戦4勝の快進撃でした。しかし、同世代のミルリーフ、マイスワローが活躍したことで2歳時のポンドは131でミルリーフ(132)、マイスワロー(133)よりも評価されませんでした。

 

ミドルパークステークスは2歳時の大レースにあたり、このレースを勝利をしたので131の高評価を受けましたのもと私は思います。しばらくの休養をした後、ブリガディアジェラードの次走はマイスワロー、ミルリーフが走るイギリス2000ギニーでした。

 

3歳時:伝説の英2000ギニー(1600m)からの圧勝劇

 

ブリガディアジェラードは3歳初戦を英2000ギニーに定めました。出走馬は僅か6頭だったが、前述のマイスワローとミルリーフ、ニジンスキー全弟であるミンスキーが集うレースになりました。やはり最も注目を集めていたのはマイスワローとミルリーフであり、2頭の一騎打ちと思われていました。

ミルリーフが単勝オッズ2.5倍の1番人気、マイスワローが単勝オッズ3倍の2番人気の支持を集めます。ブリガディアジェラードは単勝オッズ6.5倍の3番人気で、ミンスキーが単勝オッズ8.5倍の4番人気でした。

レースは始まると、大外6枠のマイスワローがスタートを決めて、最内枠のミルリーフがマイスワローを追って先行の形になります。ブリガディアジェラードはミルリーフをマークする形で追走しました。最内と大外スタートのマイスワローとミルリーフでしたが、レースの中盤あたりで馬体は接近しました。2頭がスパートをかけ、叩き合いの状態に。

その矢先でした。ブリガディアジェラードに鞭が入ると、急加速をして叩き合うマイスワローとミルリーフに外から並ぶかけます。一瞬だけ並んだが、更に加速し内埒に寄りながら2頭を引き離して勝利を収めます。付けた着差は2着ミルリーフに3馬身差、3着マイスワローには3馬身3/4で衝撃的な勝利でした。

 

イギリス最初の3冠レースであるイギリス2000ギニーを制したブリガディアジェラードでしたが、2冠目となる英ダービーを回避します。理由は馬主のヒスロップがこの馬はマイルに強く、スタミナがないと判断したからです。

 

主戦場をマイルに定めて無敗のまま、強さを示します。セントジェームズパレスステークス、サセックスステークス、グッドウッドマイル、クイーンエリザベス2世ステークスと4連勝しました。状況に恵まれての連勝ではなく、超不良馬場で田圃状態でのセントジェームズパレスステークスではその田圃馬場で脚を取られて苦戦。前の馬と5馬身も開いて絶望的な差から末脚を炸裂させてなんとか勝ちました。

サセックスでもレースの1時間まで大雨が降り、馬場は不良馬場になりました。ここでの強敵はファラウェイサン4歳馬のファラウェイサンでした。マイスワローに完勝していたこともあり、ブリガディアジェラードとしてもマイスワローに勝っている相手ですから負けるわけにはいきません。

サセックスでは前走における重馬場での苦戦を活かして、追い込みではなく逃げの戦法で行きました。スピードに乗って、逃げ切って勝利。2着のファラウェイサンに5馬身差の楽勝を収めました。しかもこのファラウェイサンは落ち目であったわけではなくこのあとムーランドロンシャン賞を勝つ立派な馬なのだが。

 

グッドウッドマイルは10馬身差の完勝。クイーンエリザベス2世ステークスも8馬身差でした。マイルで圧倒的な強さを見せつけたブリガディアジェラードはチャンピオンステークスに挑戦します。今まではマイルでのレースだったため、距離延長となる2000mをどうするするのか注目が集まりました。

 

チャンピオンステークスでも雨が降り、重馬場になりました。距離延長と重馬場で陣営も出走を迷うほどであったらしいです。不利な状況であったが、レースでは2着リアリティの追い上げをなんとかアタマ差で封じて勝利。この年も無敗で3歳時の戦績は6戦6勝。通算10連勝です。

 

しかし、評価は2000ギニーで完勝したミルリーフが133ポンドでブリガディアジェラードは129ポンドでした。この1971年にミルリーフはヨーロッパの大レースであるイギリスダービー・キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS・凱旋門賞を制したことが特に評価されたのでした。

 

4歳時:怒涛の15連勝、そして敗北

ミルリーフと同様に4歳となったブリガディアジェラードは現役を続行します。4歳時はのロッキングステークス(約1600メートル)を2馬身1/2で勝利。次走はG3のウエストバリーステークス(約2000メートル)を、1/2差で連勝しました。このウエストバリーステークスで61kgを背負ってまで出た理由はエクリプスステークスと同じ条件であったためです。

6月、プリンスオブウェールズステークス(約2000メートル)に出走が決まっていましたが、ここでトラブルが発生します。騎手のマーサーがレースの2日前に搭乗していた小型飛行機がなんと墜落するアクシデントが起きました。不幸中の幸いでマーサーは軽傷で済んでレースに出ることはできましたが、操縦者は亡くなってしまいました。

おそらく騎手のマーサーは精神的に不安定だったことが予想されますが、騎手のトラブルなど関係なく、ブリガディアジェラードはコースレコードを出して5馬身差の圧勝。

次走はエクリプスステークス(約2000メートル)でこのレースにはミルリーフも出走を予定してました。イギリス2000ギニー以来の対戦で世紀の対決が期待されましたが、ミルリーフは馬インフルエンザにかかってしまい出走を中止。両雄の再戦は叶わずに。

ミルリーフが不在ならば、ブリガディアジェラードに人気が集まるのが当然で、単勝1番人気になりました。しかし、苦手の重馬場になりました。重馬場になった時は逃げて勝ったサセックスの経験を活かし、2着に1馬身の勝利を収めたのです。もしも重馬場の得意なミルリーフが出走してきたのなら、ミルリーフが勝ってかもしれません。しかし、レースに出走した馬が強いのです。

 

次走はなんと15日後のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSに。距離は2400mで明らかに同馬にとって、距離が長すぎることが不安視されました。そもそも2400mを走れる能力があったのならば、3歳時に英ダービーに出走したはずでしょう。ただ私はここまで14連勝もしている同馬で、未知の2400mに挑戦するのは凄く勇気のある決断であったと思われます。

(タイキシャトルがジャパンカップに出走登録するようなもんだ)

 

レースそのものには勝つのですが、マイルで見せた末脚はなくもはや馬体を合わせて、ど根性で2着パーネルに1馬身半差の勝利をなんとか収めます。レースを見ると、パーネルを抜いた直後に内埒にヨレて、パーネルが外側に持ち出していました。レースは楽勝ではありませんでしたが、これで15連勝。

 

ヨーロッパの連勝記録はリボーが持つ16連勝に挑んだベンソン&ヘッジズ金杯で後の名種牡馬となるロベルトに敗北します。連勝記録は15連勝でストップしました。敗因はキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSでの反動からの体調不良とこの時のロベルトが鬼のように強かったことが考えられます。

このベンソン&ヘッジズ金杯はイギリス競馬で最大級の番狂わせのひとつとなっているのです。しかも、このレース後にミルリーフが引退しました。結局戦ったのはイギリス2000ギニーだけという結果になったのです。
連勝が15でストップしたブリガディアジェラードだが、現役を続行。クイーンエリザベス2世ステークスで1600mのコースレコードを更新して連覇。続くチャンピオンステークスを連覇を達成して、引退しました。

4歳時の戦績は8戦7勝。この年のイギリスの年度代表馬になりました。

通算の戦績は18戦17勝、内デビューからの15連勝。種牡馬として期待されましたが、競走成績と比較すると失敗に終わったと言わざるを得ません。同期のミルリーフ、そしてロベルトが大成功したのに・・・。日本でもあんまり知名度がないのも種牡馬の失敗が大きいのでしょうね。

しかし、種牡馬で失敗したからと言ってその競走成績は色褪せることはありません。ブリガディアジェラードはイギリス生産馬でイギリスのみで走り、圧倒的な強さでイギリスの国民的アイドルホースになりました。タイムフォーク誌が行った20世紀100名馬でランク3位になるのも納得です。

 

まとめ

私が凄いと思ったこと
  • イギリス競馬界でマイルの王者であり続けたこと
  • 距離適性を超えたキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスSに挑戦したこと
  • 苦手な重馬場があろうとも15連勝をしたこと
  • しかも、欧州の大レースを席巻したミルリーフに英2000ギニーで勝利

ただただ凄いの感想のみです。

 

イギリスの競馬界、ファンはフランケルとブリガディアジェラードがどっちが強いのかと議論しているとか。もう40年前の馬なのに、大人気ですね。

それでは、でこぽんでした。

 

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