石井一久伝説野球が好きでもないのに182勝した男

      2016/06/09

石井一久は野球が好きではない。記録もまあいいや。

どうも、でこぽんです。私が野球にハマった原因はは石井一久です。石井一久は182勝を挙げた名選手なのですが、それ以上に野球選手とは思えない発言を連発してきました。

そん石井のことについてファンなので、主観もあるけど、語ります。

野球は好きではない

元々好きだったのはサッカーで、今でも趣味はサッカー。何故サッカーをしなかったのは野球の方が得意だったから。両親が野球をするように言われたので、仕方なく野球をしてました。ただ石井は野球の才能が滅茶苦茶あったので、ヤクルトにドラフト1位指名されるのです。

本人はオフシーズンになると、サッカーばかりしての毎日らしいです。野球は得意で金になったので仕事で仕方なくいました。

記録にはこだわらない

石井一久は自身の記録に対して全く執着心がありませんでした。普通の野球選手なら記録が目の前にあると、狙うものですが、やはりなんか抜けてます。

そんな石井一久の面白い伝説を紹介します。

関根さん「16勝だ、いけ」石井一久「え~」

プロ野球解説者の関根さんは石井のことをもうすごく評価していました。フジテレビの野球番組で関根さんが石井に背番号と同じ、16勝しろと指示します。

その時の石井一久の反応は

「そんなことできませんよ~」

いつも通りの天然発言をかまします。

石井の速球は150キロを超える時もありました。スピードガンも凄かったですが、唸りをあげる速球でほれぼれしました。変化球のスラーブも強烈で、150キロを超す速球とスラーブで三振の山を築きました。

「もっと気持ちを出せば勝てるのに」と関根さんは嘆いていました。私も同感です。

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ノーヒトノーランいける⇒高津さん任せた

ヤクルトスワローズ時代、肘に故障から復帰したくらいです。1997年横浜戦でノーヒットノーラン直前の8回で交代を申し出ました。しかも投げている途中でノーヒットノーランを確信しつつ。

理由は高津に任せれば、大丈夫だから!
高津は当時を思い出して、「ノーヒットノーランから受け継ぐ俺の立場も考えてくれと」後述してました。「さすがにノーヒットノーランを狙えるのだから」と野村監督は石井を説得して、石井はノーヒットノーランを達成しました。

 

200勝、まあいいや

後数年やっていれば確実に達成出来たかもしれない200勝の大記録。ファンの私は石井だから199勝で辞めそうと不安でしたが・・・。石井は182勝で現役を辞めました。

200勝についてはこう語っています。

「200勝ってそんなに大切ですか?賞金が出るなら別ですけれども。」

みんな必死に大記録を目指して、頑張るものですけどね。石井にとっては現役を続行するモチベーションにならなかったようです。あとで知ったことですが、岸に199勝で引退しようと言っていたとか。
(やはり石井だな・・・)

石井は能力がもの凄い投手だったのだから、200勝なんて余裕だと思ったものですが、200勝すれば、球界も盛り上がるから現役にこだわるべきという声もありました。

しかし、記録にこだわるような選手ならとっくに200勝してたと思いますけどね。

だって、プロ野球での思い出がビールかけですよ。そして、ビールかけ以外は特にないですね~と天然発言。

みんなと楽しく騒げると面白いですからね。ちなみに誰と対戦して面白かったかとは特にないらしいとかでした。

「相変わらず野球の話は面白くないですよね~」と語っています。いや、そんな発言している人はが182勝できたのが面白いのです。
それでは、でこぽんでした。

 

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