【競馬】エアシャカール準三冠馬、最弱2冠馬と呼ばれて

      2016/07/10

エアシャカール準三冠馬、最弱2冠馬と呼ばれて

どうも、デコポンです。どこの世界でも成功して名声を得たのに、失敗して今までの成功がまるでなかったかのようにコケにされることがあります。

競馬の世界でもクラシックで2冠馬という栄冠を勝ち取ったものの、その後古馬になって大苦戦のあげくに勝つことができなず、燃え尽きてしまった馬がいます。その馬の名はエアシャカールといい、2000年のクラシックの主役として活躍した馬です。

父:サンデーサイレンス 母:アイドリームドアドリーム
姉にエアデジャヴーがいます。

それでは、エアシャカールについて語ってみます。

 

 

凄まじい気性難

エアシャカールの気性の悪さにはエピソードがあります。とんでもなく暴れ回るので、日頃から面倒を見る役目をくじ引きで決めていたようです。人の言うことなど全く聞かないで困った馬でどこであろうと大暴れして、機嫌が悪いと騎手を振り落とそうしていたらしいです。

後に競争馬となり、その気性難の悪さが出ます。まっすぐ走ることができずにとにかく内にヨロヨロしてしまう癖に。この内にササる悪癖、ツメの甘さで勝利を逃すことになってしまうのです。

 

シルバーコレクターの一族

エアシャカールはアイドリームドアドリームの子供です。姉にエアデジャヴーがいます。そして、エアシャカールが引退した後もエアシェイディ、  エアメサイアなどが走りました。

この一族はイマイチな馬が多いなと思ってます。確かにG1も勝利する馬も生まれているのですが、重賞2着、3着が多くて。

姉のエアデジャヴーもクラシックで善戦してます。桜花賞3着、オークス2着、秋華賞3着と地味に好走してます。まさにシルバーコレクターです。

エアシャーカルは古馬になってから、それなりに走ってます。私は3歳時のジャパンカップ大負けのインパクトが強すぎて、
古馬になってからのエアシャカールが大負けばかりだと勘違いしていました。それだけジャパンカップの大敗が衝撃的だったのだが。

エアシャカールも重賞2着が多いです。善戦マンの一族なので、2冠馬にならなかったら。ステイゴールドみたいなイマイチ君キャラで、違う愛され方をしたかもしれません。

あいつ姉ちゃんと一緒で、また掲示板かよ。

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クラシックでの栄光

エアシャカールはクラシックでの成績は皐月賞、菊花賞の2冠馬で、勝てなかったダービーはアグネスフライトとの激戦で7cm差で負けての2着でした。ダービーだけわずかな差で負けたので、もっとも三冠馬に近いので「準三冠馬」と呼ばれます。

クラシック本番でのレースは確かに強かったと言えます。クラシックの時点でG2における戦績は2着1回、3着1回です。

クラシックの時、エアシャカールは目立っていたのでしょうか?と言われると、そんなに目立っていたかというと、う~ん

 

2000年クラシックの話題
  • クラシックが始まる前はフサイチゼノン事件。
  • 皐月賞では単勝700円の3番人気ラガーレグルスがゲートで佐藤哲三騎手を振り落す。
  • 日本ダービーではアグネスフライト河内の悲願の引き立て役
  • 海外遠征をして、モンジューに完敗。
  • 菊花賞で勝利するも褒められるのは武豊の好騎乗。

 

確かにエアシャカールは強かったのです。ただクラシック準3冠馬として名声を確立するには、やはり古馬最強のテイエムオペラオーを倒しかありません。人気馬というよりも、実力馬で地味な感じだった記憶でしたし。

2000年のクラシックの代表馬として、ジャパンカップに挑みます。しかし、この2000年のジャパンカップがエアシャカールの存在を決めることに。

 

 

夢破れて~アイドリームドアドリーム~

この時点でのエアシャカールは2冠馬です。1番人気はテイエムオペラオーでした。この年無敗を誇った怪物です。ジャパンカップでエアシャカールは見せ場なく、14着と完敗します。

しかも、出走頭数16着の内後ろ4着をエアシャカールと同世代の馬が占めました。

16着シルクプリマドンナ
15着イーグルカフェ
14着エアシャカール
13着アグネスフライト

このエアシャカール世代のやばい結果を見て、私は2000年のクラシックで盛り上がっていたのが凄く空しくなりました。

「クラシック世代はひょっとしたら弱いのでは?」

この後エアシャカールは古馬になって、ついに勝利することなく終わります。テイエムオペラオーに先着しても、やはり勝たないと印象は良くなりません。重賞も掲示板に入るのですが、準3冠馬としてもかなり物足りないものでした。その2冠馬にかかる名声と歴史の重さが凡走を許してはくれません。

 

3歳時の無理使いが過酷だった

エアシャカールは3歳時、クラシック三冠とステップレース、そしてジャパンカップに加えて、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドSへの海外遠征という強硬スケジュールでした。

ダービーだけで燃え尽きてしまう馬がいるし、加えてサラブレットの脚はガラスに例えられるほど繊細なものです。しかもエアシャカールは極度の気性難でした。3歳お時に無理使いすると馬はあまり大成できません。

ダービー制して菊花賞⇒ジャパンカップの日程で強かったのはスペシャルウィーク、シンボリルドルフぐらいしか思いつきません。3歳時にこんだけ使ったら、それ以降の苦戦は目に見えていたことでした。

古馬にになってからのエアシャカールは苦戦続きで、アイドリームドアドリーム系に見られるイマイチ君ぶりを発揮しました。古馬時代は「掲示板に来ているし弱くはないんだけど、勝てない」馬になっちゃいます。これがクラシックでもイマイチ君なら許されますが、2冠馬だからイマイチな走りを許してくれません。

3歳であんなに走ったんだから、もうエアシャカールのことをあんまり馬鹿にしないでください。海外遠征のあとに、菊花賞を勝てたエアシャカールのタフさを褒めましょう。安らかに、エアシャカール。

ちくしょうめ~

現在のエアシャカールの評判は最弱2冠馬、テイエムオペラオーに負けた馬、3冠馬にならないで良かったなどあまり良い評判は聞きません。テレビでも、アイドリームドアドリーム系の活躍馬の説明で何故かエアシャカールの名前が挙がらないこともありました。

 

クラシック2冠馬にして、ダービーを7cmで惜しくも負けた時のエアシャカールの評価は2冠馬で惜しくも3冠馬になれずに「準三冠馬」として呼ばれていました。しかし、クラシック2冠馬の栄光がジャパンカップ以降の連敗で凋落の一途で最弱2冠馬となります。

 

確かに世代に恵まれて、勝てたと言えます。しかし、2冠馬、準3冠馬としてクラシックを勝てたことは十分に評価されてもいいのですが、古馬になってからの苦戦でなんともいえません。テイエムオペラオーに先着したレースでも負けてしまい、もう運が尽きてしまったのでしょう。

 

一体エアシャカールとは何だったのだろうか?

あの2000年のクラシックで盛り上がった私は一体何だったのだろうか?
アグネスフライトとのダービーでの激戦で興奮したあの感動は一体?

2000年のクラシックレースを今改めて見ると、レースでの盛り上がり、実況が空しくなる時があります。いくら盛り上がろうとクラシックで準3冠馬となったエアシャカールが古馬になって、ボロボロになる姿を知っているからです。

ただ、あの2000年のクラシックレースでの盛り上がりは本物であると私は考えています。

エアシャカールは種牡馬としても、事故であっさり死んでしまい、その名は急速に色褪せています。種牡馬として活躍すれば、名誉を挽回できたはずですが、競馬は結果を残しての世界です。ただアイドリームドアドリーム系は今でも活躍馬を輩出しているので、応援したいですね。

エアシャカールとか何だったのだろうか?答えはわからないままです。

それでは、でこぽんでした。

 - 競馬, 2冠馬