生き方がわからない、わからなくなった気持ちは突然やって来る

   

公務員や大企業、もしくは色々な企業を転職するのか?企業家になるのか?ニートがいいのか?アフィエイターやブロガーなどのネットビジネスで金を稼いで自由になるのか?もうわからなくなる時がある。生き方がわからない。公園で1人考えに耽っているともう人生いいのではないかと思い今までの人生を回顧する時がある。将来への不安なのだろうか、期待なのだろうか?ぼんやりとしていて今の自分が他人事のようにさえ思う時がある日を過ごした。
そんな自分の気持ちをここに記します。 

公務員や企業に勤めて定年まで働く生き方がある。これは企業、役所に労働をして給料を貰う生き方がある。基本的に定年まで働き自由になるのは定年の60歳から~65歳である。働いている間の自由は年給や休日で家族や恋人とプライベートの時間を過ごす。仕事はルーティンワークで組織に反する行動は許されない。個性を発揮させることはなく規律や前例に縛られている空間である。たまの飲み会でもしょうもない感じで発展性のある会話などせずにビール飲んで酒を飲む。職場の人間関係、接客、電話対応の言葉遣いにイライラしながらも皆がやることだからと納得して働く。それだけの1年間をただ30年40年積み重ねていく。遣り甲斐なんてあるのだろうか?と思う。それはテレビで紹介されるような夢を持つ人もいるが私の周りの人は死んだ魚の目をして働いている。
私は職場から給料を貰うがなんにもする気にはならない。どこか旅行に行こうとも思えない。こんな死んだ時間で得た金など使用したくもない。事実全て家のローンに預けている。正職員になってもおそらく私の気持ちは変わらない。死んだように30年働く。そう思っているだけでぼんやりしているのだろう。プライベートは会社の休養。そんな未来しか想像できないのである。労働を30年も続けるならニートの方がいいのではないかと思う時もある。

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しかしニートであっても何にも自由でない。夢のある人がニートならいくらでも時間を有意義に活用できるはずでしょう。 私は何も思えなかった。本当に何もしなかった。日記を書こうにも何もないのでノートは真っ白であった。書くことは日付だけであった。書こうにも思いがないので書けないのだ。

ブロガーやアフィリエイターはどうだろうか?私は今ブログを書いている。好きなことを勝手気ままにに書いている。山本五十六の眦を聞きながら。職場よりも自由だしアクセスが増えるとやはり嬉しい。職場では感情などないのでブログを書いている時は自分でも充実しているのだろう。
ただしお金は欲しいのだろうか?ニートであった頃時間は腐るほどあった。金や自由を欲しいと思ったこともなかった。もしネットビジネスが成功して月収50万はたまた100万になったとして、私は満たされるのだろうか?金が入ってもニートであった頃みたいに何もしないでいるのか?私にもわからない。将来の自分などわからないし考えるだけ無駄なのかしれない。

とりあえず目標である月間1万PVのノルマを達成する。仕事は知らない。公務員試験など知らん!! 

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