オグリキャップ~競馬界の長嶋~

   

オクリキャップとはこんな馬です。

 日本の元競走馬、種牡馬です。昭和の終わりから平成を走り抜いたスーパホースである。種牡馬としては振るわなかった。2010年73日、転倒による複雑骨折により、安楽死。
 競走馬としての通算成績は32戦22勝(中央20戦12勝、地方12戦10勝)、主な勝ち鞍は有馬記念(1988,90)、マイルCS(1989)、安田記念(1990)。

 1988年に重賞6連勝と有馬記念を制したことで最優秀四歳牡馬、1990年に伝説の復活劇と安田記念の勝利が評価されて年度代表馬及び最優秀五歳以上牡馬、もの凄い人気だったので1991年に顕彰馬に選出されている。

 父はダンシングキャップ、はホワイトナルビー。1994年の桜花賞馬オグリローマンは半妹。兄弟達は地方競馬で頑強に走るタイプが多かった。

 時はバブルで皆で笑って飲んで働いていればなんとかなるだろうのどんちゃん騒ぎの時代。そんな時代に現れた三流血統の馬。オグリキャップ。地方での敵なしの強さを見せつける。岐阜県笠松競馬場での戦績は12勝10敗であり中央に競馬に殴り込みをかける。地方の怪物としてあのハイセイコーの再来と噂されたオグリキャップはここでも快進撃を見せる。

 中央初戦のペガサスSを噂に違わぬ走りで圧勝。ハイセイコーの再来は本当であった。次戦は毎日杯で後の皐月賞馬のヤエノムテキに勝利する。しかし当時の制度でクラシック出走ができなかった。大橋巨泉がこのクラッシク制度に異議を唱えその後クラシック登録料を支払えば追加で払えばクラシックで走られるようになった。次戦は京都4歳特別のレース。クラシック出走ができないオグリキャップはここを圧勝する。ダービーに出たらどうなっただろうか?次は初の関東でのレースNZT4歳。輸送の疲労や東京コース適正が問われたが圧巻の勝利。直線持ったままの7馬身差で中央4連勝。同世代に敵は見当たらず次からは古馬と戦うことになる。

 古馬との初対決になった高松宮杯(7月10日)。ここでオグリキャップはレコードタイムで勝利を収める。古馬を一蹴したことにより5連勝を飾る。秋からの緒戦は毎日王冠でここではダービーで海外遠征の経験もある年上のシリウスシンボリがいた。しかしダービー馬を封じ6連勝。クラシック登録を叶わないオグリは同じ葦毛の馬、タマモクロスとの戦いが始まる。

ちょっとここで休憩します。
 オグリキャップはここまで圧倒的な強さを見せ付けます。地方からの田舎少年が都会に来て成功を重ねる。それはできるようでできない理想の生活スタイルです。しかもイマイチな血統。当時のファンもオグリのサクセスストーリーを見て大いに盛り上がります。この時代の競馬場の入場数は本当に多いです。これなら一緒に競馬場に行って盛り上がりたいものです。オグリ人形いっぱいあったな~。

クラシック登録のないオグリキャップは古馬最強馬同じ葦毛のタマモクロスとの闘いが待っていた。ここまで連勝同士のオグリキャップとタマモクロス。名門の出身ではなく叩き上げの2頭。府中の2000Mでタマモクロスを抑えて1番人気のオグリキャップは天皇賞秋でG1勝利と中央からの連勝を15に伸ばすことを狙った。両馬とも後ろからの競馬をすると予想されていたがゲートが開くとなんとタマモクロスが先行するという意外な展開で観衆がどよめく。オグリキャップは今までの競馬で馬群ののやや後方から競馬をする。タマモクロスが2番手まで進めると直線でレジャンドテイオーをかわしにいくが微妙に手応えが悪そうに見えた。宝塚記念からのレースで実戦感覚がなくペースを乱しているのではないか?対してオグリキャップは外から猛然と追い込んでくる。しかし本来のタマモクロスの競馬ではなかったが先行競馬はタマモクロスの鞍上南井騎手の作戦であった。オグリキャップの追い込みを見るとタマモクロスも2の足を使う。必死に追うもオグリキャップとタマモクロスとの差は縮まらず逆にオグリキャップは苦しいのかヨレてしまう。そのままヨレつつタマモクロスを差し切られずに2着敗退。笠松からの連勝は14でストップする。

 

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